日時:2026年7月18日(土曜日) 午後1時30分〜3時30分
(講座終了後、フリートーク 〜4時30分)
会場:B会場 FRAME in VOX
参加者:32名
講座概要:
欲望は、生きるために必要な「本能」ではありません。食欲や性欲は、一見生きることに直結しているようにみえるが、そうではありません。私たちは生きるのに必要以上に食べたがったり、さらには生きることを害するような食欲さえ持ちます。性欲も、子孫を残すという目的を遥かに越えて増幅・多様化することは言うまでもありません。欲望とはそもそも「過剰」なものなのです。満足させても幸福になれません。欲望は生きるという目的に反しているようにすら思えます。いったいなぜこんなものが存在するのでしょうか。
欲望は身体の内部から抗い難く湧いてくるような感覚を伴いますが、歳を取ったり環境が変わると、ウソのように消失することもあります。子供の頃あんなに欲しかったものが、大人になると何も感じなくなるという経験があるでしょう。高度経済成長の時代、若い男子はあんなに生身の女を妄想していたのに、バブルが弾けるとオタクになり、デフレ停滞期になると「草食系」になってしまいました。欲望が内から自然に生じてくるというのは錯覚であり、本当は外からの条件付けによって簡単に生じたり弱まったりするのです。
欲望に関するもう一つの錯覚は、特定の対象がそれを惹起するという感覚です。美味しそうな食べ物が、自然に食欲を掻き立てるかのように思える。誰もが羨む素晴らしいパートナーに、自分が愛されたいと思う。あるいはこうありたいと望む未来の自分が、こっちに来いと呼んでいるように感じる。欲望はその対象としっかり結びついているかのように思えます。しかし、前回最後に触れたフロイトの精神分析では、欲望を支えるエネルギーであるリビドーそれ自体は特定の対象と結びついていません。だからそれは、多種多様な対象と結合することができ、それが人間の文明や文化を作り出してもいると言うのです。
次回は「欲望」をキーワードとして、そもそも人間が何かを「欲する」「求める」とはどういうことか、そして「愛」とは何かについて考えます。(吉岡 洋)